浦和地方裁判所 昭和55年(ワ)1005号 判決 1985年8月30日
原告
田島利康
右訴訟代理人
佐藤善博
難波幸一
被告
諏訪栄一
萩原萬治
被告両名訴訟代理人
江口保夫
草川健
鈴木諭
戸田信吾
主文
一 被告らは原告に対し、各自金一一六万五〇八三円及びこれに対する昭和五五年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは原告に対し、各自金三二三万一四八四円及びこれに対する昭和五五年一〇月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は、次の自動車事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた。
(一) 発生日時 昭和五五年一月二三日午前一〇時四五分ころ
(二) 発生場所 埼玉県北葛飾郡鷲宮町西大輪二二三〇番地所在の被告諏訪が経営する廃品回収業諏訪商店の廃品置場構内(以下「本件事故現場」という。)。
(三) 加害車輛 ブルドーザー右運転者 被告萩原
(四) 被害者 原告
(五) 事故の態様 原告が本件事故現場において原告所有の小型トラック一トン積みダットサン一三〇〇CC(大宮四四ぬ三一―三一。以下「原告車」という。)の荷台から屑鉄の荷下ろし作業をしようとして、右荷台に上り、古い鉄製のシャフトを両手で持つて下に下ろそうとしていたところ、被告萩原が「そこは置き場所が違う。」と怒鳴つて、運転していたブルドーザーの先端部を停車している原告車の前面の下に突込ませて衝突させ、同トラックをブルドーザーの先端部で持ち上げたのち急激に地面に下ろして、原告の体に衝撃を与えた。
(六) 事故の結果 原告は本件事故によりむちうち損傷、腰部挫傷、右肩関節挫傷、右趾挫傷、両膝部挫傷の傷害(以下「本件傷害」という。)を負い、昭和五五年一月二四日から同年五月二一日まで医療法人蓮江病院に通院し、さらに、本件傷害に帰因する頸椎捻挫後遺症、外傷性神経症により同月三一日以降他の病院に通院加療し、現に通院加療中である。
2 責任原因
(一) 被告萩原は、故意又は過失により同人の運転していたブルドーザーの先端部を原告車の下に突込ませて衝突させ、同車を持ち上げ急激に地面に下ろして原告に本件傷害を負わせた。したがつて、被告萩原は原告に対し、民法七〇九条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償する義務がある。
(二) 被告諏訪は、(イ)本件事故当時、被告萩原を従業員として使用していたものであるところ、本件傷害は被告萩原が被告諏訪の営む諏訪商店の事業の執行につき加えたものであるから民法七一五条により、また、(ロ)被告諏訪は加害車両を自己のために運行の用に供していた者であるから自動車損害賠償保障法三条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償する義務がある。
3 損害
(一) 休業損害 金一四〇万六四八二円
原告は、屑鉄回収業を営んでおり、昭和五四年度は一か月平均金二〇万円の収入があつた。しかるに、本件事故によつて受傷したため、昭和五五年一月から同年八月までの間、十分に稼働することができず合計金一九万三五一六円の収入しか得られなかつた。そのため、その間の平均収入額から現実の収入額の差額金一四〇万六四八四円の損害を被つた。
20万円×8(か月)−19万3516円=140万6484円
(二) 慰謝料 金一五〇万円
原告は、被告萩原の一方的な暴行により傷害を負い、首すじ、腰膝等が激しく痛み、夜もろくろく眠られない日が続き、加えて受傷後はほとんど毎日のように通院しなければならなくなつたため、ほとんど仕事ができなくなり、その悔しさや生活の不安などで甚大な精神的苦痛を被つた。原告の精神的苦痛を慰謝するには少なくとも金一五〇万円が相当である。
(三) 弁護士費用 金三二万五〇〇〇円
原告は原告訴訟代理人らに本件訴訟の提起、追行を委任するに当たり、弁護士費用として、日弁連報酬基準の標準額たる金三二万五〇〇〇円を支払う旨約した。
4 よつて、原告は被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償金として、各自、金三二三万一四八四円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年一〇月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、同(三)の加害車両の車種を除き認める。加害車両はフォークリフトである。
2 同1(五)の事実のうち、加害車両がブルドーザーであつたこと、被告萩原がブルドーザーの先端部で原告車を持ち上げて急激に地面に下ろしたことは否認し、その余の事実は認める。
3 同1(六)の事実は知らない。原告の本件事故による受傷は、遅くとも昭和五五年五月二一日に治癒し、これ以降の原告の訴える腰痛や膝関節痛等は加令的変化によるものである。
4 同2(一)の事実のうち、被告萩原が故意に原告に傷害を負わせたこと、加害車両がブルドーザーであつたこと、被告萩原がブルドーザーの先端部で原告車を持ち上げて急激に地面に下ろしたことは否認するが、その余の事実は認める。フォークリフトのエンジンの止め方が不充分であつたためフォークリフトが自然に前進し、原告車の下に突込んだのである。
5 同2(二)の(イ)の事実は認め、同(ロ)は争う。
6 同3(一)の事実は知らない。前記のとおり、原告の傷害は、遅くとも昭和五五年五月二一日に治癒したから、それ以降に仮に収入減があつたとしても、本件事故との間に因果関係はない。
7 同3(二)は争い、同3(三)の事実は知らない。
第三 証拠<省略>
理由
第一本件事故の発生
一請求原因1の(一)ないし(四)の事実は、被告萩原が運転していた加害車両がブルドーザーであつたかフォークリフトであつたかの点を除き、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、本件加害車両は大型フォークリフト(トヨタ二SD二〇・トヨタ二D型、六輪車、六四九四CC、以下「本件車両」という。)である事実が認められ、この認定に反する<証拠>は前掲各証拠に照らして措信し難く、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。
二次に、本件事故の態様について判断するに、本件事故が発生したのは、原告が本件事故現場において、原告車の荷台から屑鉄の荷下ろし作業をしようとして、停車中の原告車の荷台に上り、古い鉄製のシャフトを両手に持つて下に下ろそうとしていた時であつたことは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、被告萩原は、本件事故現場である廃品置場構内において、工場長兼検収員として、本件車両の運転業務に従事するなどして稼働していたものであるが、本件事故発生の直前、原告が屑鉄を被告萩原の指示した場所と違う所に下ろそうとしているのを同所から約三七メートル離れた所で発見し、原告に注意を促すべく、本件車両に乗つて進行し、原告に向つて「そこは置き場所が違う。」と怒鳴り(右のように怒鳴つたことは当事者間に争いがない。)、原告車の手前約二メートルの地点に停車して下車しようとしたところ、本件車両のストップレバーの引きが弱かつたため、右車両のエンジンが完全に停止せず、しかも、ギヤがニュートラルではなく前進に入つていたため、右車両が再び低速で前進し、同車の先端の爪(長さ約一・五メートル)の一部が原告車の前面ナンバープレートの下部に約三〇センチメートル突込んで衝突し、原告車のフロントバンパー、左フロントフェンダー、フロントスカートパネル、左トルクロット、左ロアーアームに損傷を与え、同時に、荷台にいた原告に衝撃を与えたこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する<証拠>は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三そこで、原告の受傷の程度について判断するに、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。すなわち、原告は、本件事故直後、事故現場において、屑鉄の荷下ろし作業をそのまま続け、その後原告車を運転して自宅に帰つたが、体のあちこちが痛み、翌日は頸のあたりにも痛みを感じたので、埼玉県久喜市本町所在の医療法人蓮江病院(医師蓮江正已)の診察を受けたところ、むちうち損傷、腰部挫傷、右肩関節挫傷、右趾挫傷及び両膝部挫傷の傷害により四週間の安静加療を要するとの診断を受け、右同日(一月二四日)から同年五月二一日までの間、右病院に通院して治療を受けたこと、そして、蓮江医師は、同年五月二一日ころ、原告には患部につき自覚症状はあるものの他覚的症状がなく、右の自覚症状も変形(老化現象)によるもので、五月二一日の時点で本件傷害は治癒したものと判断したこと、原告はその後も頸部、腰部、膝関節部などの痛みを訴えて、同月三一日以降埼玉県加須市元町所在の医療法人中田病院(医師中田豊助)に通院したが、その症状や本件事故の態様並びに原告の年令(当時四七歳)等に鑑み、腰部及び膝関節部の痛みは加令的変化によるものであり、また、頸部の痛みも、仮にその自覚症状があつたとしても、同様に本件傷害の症状固定後のものと認められること、以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠>は前掲各証拠に照らして措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
以上認定の事実によれば、原告の受けた本件傷害は遅くとも昭和五五年五月末日までに治療したものと推認するのが相当である。
第二被告らの責任
一まず、被告萩原の責任について判断するに、原告は被告萩原が故意に本件事故を発生させた旨を主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。
しかしながら、<証拠>を総合すると、被告萩原は、爪の長さ約一・五メートルの本件車両を本件トラックの手前約二メートルの所で一旦停止させたが、このような場合、同車両の運転者としては、同車を下車するに当たり、エンジンを完全に停止させるためストップレバーを強く引き、かつ、ギヤをニュートラルにして、再び同車が前進して前方に停車している原告車に衝突しないようにするべき注意義務があつたにもかかわらず、下車を急ぐあまり、不注意にもエンジンを完全に停止させず、かつ、ギヤを前進にしたまま運転席を離れた過失により、本件事故を惹起させるに至つたことが認められる。
そうすると、被告萩原は原告に対し、民法七〇九条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償する義務がある。
二次に、被告諏訪の責任について判断するに、本件事故当時、被告諏訪が被告萩原を従業員として使用していたこと、本件傷害は被告萩原が被告諏訪の営む諏訪商店の事業の執行につき加えられたものであることは、当事者間に争いがない。
そうであれば、被告諏訪は原告に対し、被告萩原の使用者として、民法七一五条により、本件事故から生じた原告の損害を賠償する義務がある。
第三損 害
一休業損害
原告が本件事故当時、屑鉄回収業を営んでいたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告は本件事故によつて受傷したため、十分に稼働することができず、本件事故後の昭和五五年一月二四日から前記認定の同年五月三一日の治癒に至るまでの間に原告が得た収入は合計金一八万一九九四円に過ぎなかつたこと、これに対し、原告が前年の昭和五四年の一年間に得た収入は合計金二一〇万五四〇六円(一か月平均金一七万五四五〇円。円未満切捨て。以下同じ。)であつたことが認められる。
右認定の事実に基づき、原告の本件事故による休業損害を算定すると、原告の右期間の休業損害は金五六万五〇八三円となる。
二慰謝料
本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、治療の経過その他諸般の事情を考え合わせると、原告の慰謝料としては金四五万円をもつて相当と認める。
三弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は金一五万円をもつて相当と認める。
第四結論
以上のとおりであつて、本訴請求は、原告が被告らに対し、各自金一一六万五〇八三円及びこれに対する不法行為の日の後である昭和五五年一〇月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官河野信夫)